東田一起 オフィシャルブログ

みなさんこんにちは。関西の大学に通う大学2年生、ヒガシダカズキです。ミクロネシア連邦という国に支援をしたり、全国規模の学生団体の代表をしています。また長期インターン時には、社内で優秀成績を収めました。ここは、普段様々な活動をする中で感じた”違和感”をコトバにするブログです。

趣味を持っているということ。

 

 

貴方は趣味がありますか?

 

 

この問いを一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?

そしてこの質問をされた時、どのように返答していますか?

回答はとてもシンプルです。

”ある”か”ない”か、それだけです。

今回は【趣味】とはそもそも何なのかについて経験則を踏まえてお話しできればと思います。

 

まずはじめに、なぜこのテーマを取り上げたのかというと、身近な同世代(20歳や21歳を目安)でこの質問をすると”ない”と答える人が多いからです。また趣味に関するアンケート*1でも20代の男女が他の世代と比較し、趣味を持っている人が少ない傾向にあるという結果がでています。つまり若い世代で無趣味の人が多いということです。(無趣味が悪いという訳ではありません。)

だからこそもう一度”趣味”という概念を見つめ直したいのです。

 

僕は趣味とは、時間を犠牲にしてでも有意義な発見に価値を感じ、その発見を見つけ続けられるものだと思っています。私たちが日々生活していて、普段感じる気づきをただ継続したものに過ぎないのです。

 

例えば、バスケや料理、写真やゲーム、旅やペットなど。

運動系やインドア系など、種類もジャンルも趣味というものは多様に存在しています。 これはつまり、日々の中で趣味を見つけることは可能で且つ見つけやすい環境であるということを示しています。しかしながら趣味を持っていない人が多いという現状は何を示しているのでしょうか?

 

考えられる<仮説>

 

その1:趣味以外で有意義な発見をできる場所が増えた。

 

最近では、趣味というほど打ち込まなくても有意義な発見をする機会や場所が増えています。例えばギターを一曲か二曲弾けただけで終わってしまったり、かっこいいバイクを1ヶ月に一回乗ってみたりするだけのように”〜っぽさ”で満足してしまうケースです。

 

これは、たくさんの選択肢がありかつ始めやすい環境になったからこそ一つのことに躓いてしまった後、妥協して違うものに乗り換えてしまい趣味と言えるほど十分に上達しないまま終わってしまうことに原因があるのかもしれません。

 

 

その2:趣味という概念よりも”熱中できるもの”という認識に変容した。

 

これはそもそも”趣味”という概念が崇高化してしまうことで、趣味とまでは言えないものの”熱中できるもの”という程度の言葉で表されるようになったことを示しています。

 

先人たちの趣味がある種【求道するもの】になり、熟練と化した趣味を見て育った私たち(の世代)は趣味=熟練したものと認識するように。

 

この現象が趣味という言葉に対して抵抗を感じさせているのかもしれません。

 

 

その3:趣味を楽しむ時間(&費用)が確保できない。

 

 今大学生を生きる私たちは、予定を持って日々生活をしています。(当たり前かもしれませんが。)これは、毎日大学やサークルやバイト、飲み会など予定をびっしり入れることで趣味に時間やお金を割くことができないということです。

 

どうしても自分の好きなことに時間を割きたい。

 

これは人間の当然の価値観かもしれません。しかしその趣味に対する優先順位が低く、飲み会などの交際費にどうしても時間や費用をかけがちな傾向は私たちの世代の特徴かもしれません。

 

 

 

いかがでしたでしょうか?

ぜひ参考にしてみてくださいね。

 

 

*1:Q、例えば自己紹介などで誰かに『あなたの趣味』を聞かれた時に、困った経験はありますか。困った経験がある方は、その理由として当てはまるものを、全ておしらせください。(複数選択可):趣味に関するアンケート調査|市場調査・マーケティングリサーチ会社のマーシュ